前回の記事では、スマートトレーナー「ThinkRider X2Max」と完全無料アプリ「MyWhoosh」を導入し、夜1時間半のルーティンだけで66kgから61kgへのダイエットに成功したお話をしました。

今回はその続き。
目標を「富士ヒルクライムでのブロンズリング(90分切り)」に定めてから、本番直前に至るまでの「地獄のトレーニングと、愛車の魔改造、そして直前に訪れた最大の危機」についての記録です。
結論から言うと、私は最終的に【体重58kg前後 / FTP 210W / PWR 3.45】という、一般サイクリストの上位に位置するスペックまで到達することができました。
しかし、その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。
予算を抑えるためのメルカリ・アリエクを活用したコンポ載せ替え、冬場に襲いかかった膝の故障、そして本番直前の試走で突きつけられた「96分」という厳しい現実。
有料アプリ「Zwift」に頼らず、完全無料のMyWhooshだけでどうやってここまで身体と機材を仕上げたのか。その全プロセスを余すことなく公開します。
名機LAPIERREの復活と、メルカリ・アリエクで組む「盤石の105」
11月頃、トレーニングの強度が上がっていくにつれて、私の中に一つの欲が芽生え始めました。
「ヒルクライムに挑むなら、やっぱり軽量なカーボンフレームで走りたい……」
そこで目をつけたのが、自宅で静かに眠っていた2011年モデルの名機「LAPIERRE XELIUS 700(ラピエール ゼリウス)」のフレームでした。このオールドカーボンフレームを、現代の富士ヒル決戦仕様として復活させるプロジェクトがスタートしたのです。
お小遣い制パパの鉄則は「使えるものは使い倒し、足りないものは賢く買う」。
まず、初代の相棒であるサンピード アストロを12速化した際に余っていた、シマノの「R3000系ソラ(9速)」をゼリウスに移植。
足りないハンドル周りやホイールなどのパーツは、圧倒的安さを誇る「AliExpress(アリエク)」で徹底的にリサーチして個人輸入しました。
自分で組めるパーツは自宅で組み立て、安全に関わる最後の変速調整とバーテープ巻きだけはプロの自転車屋さんに駆け込んで仕上げてもらいました。
しかし、いざ9速のソラで外を走ってみると、ヒルクライムの絶妙な斜度変化に対して「ちょうどいいギヤ(ケイデンス)」がどうしても見つからないという問題に直面します。
そこで、2026年春、私はさらなる勝負に出ました。
フリマアプリの「メルカリ」を毎日パトロールし、状態の良い「R7000系 105」のシフターと前後ディレイラーを格安でゲット。
リアスプロケットはAmazonで購入し、一気に11速環境へとアップデートしたのです。
11速化の効果は劇的でした。
上り坂でも常に自分が一番気持ちよくパワーを出せるギヤを選択できるようになり、富士ヒルへの駆動系に関する不安は完全に消し飛びました。
こうなると男の物欲は止まりません(コンポが揃うと、やはりクランクも105にしたくなるのがサイクリストの性です)。
仕上げにクランクまで105に統一したことで、足元に圧倒的な剛性感と、シマノならではの吸い付くような変速のキレが加わり、私の決戦機ゼリウスは「盤石の体制」を迎えたのです。
【明と暗】初のヤビツ峠で掴んだ確信と、12月に訪れた絶望
新しく組み上がったゼリウス、そしてMyWhooshのSSTやTHE GORBYで高めてきた実力を試すため、10月末、私はヒルクライムの聖地「ヤビツ峠」へと向かいました。
10km以上、強烈な斜度が続く峠を一度も足をつかずに登りきれるのか……。
スタート前は不安でいっぱいでしたが、この日のために直前に導入した「パワーメーター」が私を冷静にしてくれました。
名古木(ながぬき)のセブンイレブンをスタートし、最難関とされる「蓑毛(みのげ)のバス停」付近の激坂は、パワーメーターを見ながら「SSTの下限(170W付近)」を絶対に超えないように徹底的にセーブ。
ここをクリアした後は、インドアで培った心肺能力を解放し、パワーを維持したまま一気に頂上へ。
結果、一度も足を引くことなく、名古木スタートで「50分」という大満足のタイムで登頂を達成したのです。
「俺のやってきたパワートレーニングは、間違いじゃなかった!」
そのまま勢いで海方面まで足を伸ばし、人生初の【108kmロングライド】まで走りきってしまいました。
ブロンズリングの背中が、ハッキリと見えた瞬間でした。
しかし、神様はそう簡単に勝たせてくれません。
ヤビツ峠の大成功でモチベーションが最高潮に達していた12月、突如として「膝の不調」が私を襲いました。
ペダルを強く踏み込むと、膝に鋭い痛みが走る。 せっかく上がってきた強度をこれ以上上げることができず、MyWhooshでの地獄のメニューも一時中断せざるを得なくなりました。
部屋で一人、ペダリングの軌道を細かく修正するような地味で退屈な作業を繰り返す日々。
「このままじゃ、富士ヒルなんて夢のまた夢だ……」
外の寒さも相まって、私のモチベーションはどん底まで叩き落とされました。
しかし、ここで諦めなかったのが、これまでロジカルに自分を管理してきた成果です。
ネットの情報やYoutubeを見て、自分の膝のどこに不具合が出ているのか、試行錯誤しているうちに、原因を特定。
それに合わせてサドルの位置をミリ単位で調整し、膝に負担をかけずに最も高い効率で大臀筋を使える「最適なペダリング」を執念で見つけ出したのです。
春の足音が聞こえ始めた頃、膝の痛みは完全に消え去り、私はさらなる強くなってベースに帰ってきました。
【数字の壁】伸び悩む春、そして200W突破からの停滞
春を迎え、MyWhooshでのトレーニングを再開。 実は、トレーニングを本格的に始めた2025年8月時点でのFTPテスト(20分全力走)は2.7W/kg(166W)でした。
私は1ヶ月に1回、進捗を確認するためにFTPテストを義務付けていたのですが、ぶっちゃけ私は「目標が薄く、20分間ただただ限界まで自分を追い込み続けるFTPテスト」が死ぬほど苦手でした。
実際、9月半ばまでに3回挑戦したテストは、ペース配分が分からず途中で力尽き、すべて失敗に終わっています。
そこで私は、テストの方法をハックすることにしました。 正確性には少し欠けるものの、普段の「FTP走」のメニューの中で、後半にかけて徐々にパワーを上げていく「ネガティブスプリット」を意識して走る方法です。
これが私はドハマりしました。
10月はじめにFTP設定が174Wに。
さらにその1週間後、同じようにFTP走の中で自分を追い込んだところ、ついに大台の「FTP 200W」に到達!この2カ月半は、笑ってしまうほど面白いように数字が伸びていきました。
しかし、そこから先は簡単ではありませんでした。
最終的には【体重58kg前後 / FTP 210W】まで到達したものの、200Wを越えてからは数値の大幅な伸びはストップ。
4月頃には、仕事と育児、そして日々のトレーニングの疲れが抜けきらず、ペダルを踏むのすらままならない日が増えていきました。
数字が伸びない焦り、抜けない疲労。
本番を2ヶ月後に控え、私は再び壁にぶち当たっていました。
【直前の試走】突きつけられた「96分」と、起死回生のテーパリング
「このままではマズイ」
現状を把握するため、私は本番までに2回、実際の富士スバルラインへ試走に赴きました。 しかし、計測結果は非常に厳しいものでした。
2回とも本番を想定して荷物を背負った状態だったとはいえ、料金所からのタイムは「96分」(大会の計測スタート地点換算に直すと、およそ98分)。
ブロンズの条件である90分切りには、およそ8分近くも足りないという現実を突きつけられたのです。
「あれだけ部屋で地獄のワークアウトに耐えてきたのに、現実の富士山はこんなに厳しいのか……」
手応えは最悪でした。
普通ならここで「もっと練習しなきゃ!」とパニックになり、直前まで自分を追い込んでしまうところです。しかし、私は冷静に自分の身体の声を聴きました。
「今足りないのは練習量じゃない。溜まりに溜まった『疲労』だ」と。
5月のゴールデンウィーク明け、私は思い切ってトレーニング量を減らし、疲労を完全に抜くための「テーパリング」の期間に入りました。
これが大正解でした。
日を追うごとに足の重みが消え、身体が羽のように軽くなっていくのが分かりました。
さらに、体調の回復に合わせて炭水化物の量をわずかにコントロールしただけで、体重は一時的に「57.3kg」まで自然と落ちたのです。
パワーの数値自体はこれ以上伸びなかったかもしれない。試走のタイムも悪かった。
でも、ここまで「夜の1時間半」を信じて、汗を流し続けてきた記憶がある。
機材も、ペダリングも、疲労抜きも、パパサイクリストとしてできる限界のロジックはすべて詰め込んだ。
「あとは、本番のスタートラインに立って、自分を信じてペダルを踏み抜くだけだ」
最悪の手応えの中に、不思議なほどの静かな覚悟を秘めて、私はいよいよ、あの霧に包まれた富士山のスタートラインへと向かうことになります。
(【本番レースレポート編】へ続く!)
